2013年12月27日金曜日

Sitting on the Fence #5

文: 木本 和久
写真:光永 知恵

 その日以来、ルミから連絡はなかったし、僕はルミの連絡先を知らなかった。『ロックン・ロール会』も自然消滅した。ミックのいないローリング・ストーンズが成立しないように、ルミを失った『ロックン・ロール会』が続くはずもない。
 僕は、それまで体験してきた痛みや悲しみとは微妙に違う何かをしばらく引きずった。世界中が冷奴になったようだった。ひんやりと深遠な喪失感。
 それからしばらくして、僕は貯金をはたいてギターを買った。ギターとともにバンドを組み、何人かの女の子と付き合い、そのうち二人と寝た。その後、大学へは進学せず、音楽関係の専門学校へ行った。卒業してからは、楽器屋やイベント会社などを転々とし、ここ十年間は、ローカル・エフエム局で番組制作を続けている。
 あの日から二十五年、「片時もルミのことを忘れたことはない」ということでもなかったけど、何かの拍子に思い出すことはよくあった。
 二十五年の間、それなりに色々なものを失った。それは、女の子だったり、友人だったり、信用だったり、目標や夢だったり、父親の転勤と共に去ったこの町の風景だったり、時には自分自身だったりもした。だけど、ルミがいなくなったあの日以降のような独特で得体の知れない世界に引きずり込まれることはなかった。

 一方で、一度たりとも僕の前から去ることのなかったものが、ひとつだけある。
 ロックン・ロールだ。ロックン・ロールだけは、いつも一緒だった。そのおかげで、現在の仕事であるラジオ製作を任されるようになったとも言える。担当する番組は、ちょうど十年目を迎えた。年収にして、二百万円に届かない生活は決して楽じゃないけど、なんとかやっていけている。
 そしてなによりも、ロックン・ロールだけで構成されるこの番組が、僕を二十五年ぶりにこの場所へ呼んでくれたのだ。
“ロッキン・ソファー”というタイトルの僕がナビゲートする番組に、昨日、ルミがメールを送ってきたのだ。本名そのままで活動している僕の名前を、新聞の端っこで見つけたらしい。
 ルミからのメールとは気づかずに読み始めたそれは、メールらしからぬとても丁寧で新鮮なものだった。『前略』から始まり、時候の挨拶へ続く。そして、25年前のことを詫び、結びの挨拶から『草々』と締められていた。1行空けて記されたルミの名前を見たとき、僕は瞬時にキーを打って、返信した。

25時に仕事は終わります。電話してくれませんか?
090-22**-**69

© Chie Mitsunaga(光永 知恵)

……続く

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Sitting on the Fence #2
Sitting on the Fence #3



 
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