2013年12月26日木曜日

Sitting on the Fence #4

文: 木本 和久
写真:光永 知恵

「ごめん、宮田くん……本当にごめんなさい。わたし、結婚するまでは、そういうのダメだって決めてるの……わぁ、すごい血……どうしよう。ごめんなさい。ティッシュ使って、いっぱい使って!」
 じんじんと痛む鼻の奥に照れくさい罪悪感を隠して、僕は台所で夕食の準備をしていたルミの母親に挨拶をしてから帰宅した。

 携帯電話もメールもない時代の話だ。ごめんの一言が言いづらく、どうしたもんかと考え続けたけど、名案、妙案浮かぶことなく二週間が過ぎた。
 ルミから電話があった。
「元気?」
「ああ、元気だよ……」
「まだ痛い?」
「あ……いや、もう痛くない」
「ごめんね」
「いや、こっちこそごめん。変なことしてごめん」
「変なこと……じゃないんだろうけど、わたし、そういうのまだダメなの。ごめんね。宮田くんのこと嫌いとかじゃなくて、結婚するまで、誰とでもダメなの」
「ああ、分かっとる。俺もそうする」
「嘘つき」
「嘘ついたりせん。結婚するまで、キスも他のこともせん」
 その後、結果的に嘘になったけど、あの時の決心は本気だった。だけど、男子たるもの、ナニがアレだからさ、なかなか難しいのだ。
「……あのね、もう『ロックン・ロール会』出来ないの。本当は、ちゃんと会って言いたかったけど、電話でごめんね」
 やっぱり、あの出来事を気にしているに違いない。
「なんで? もう、絶対にあんなことはせん。約束する、絶対にせん!」

 ジー、ガチャン。公衆電話の硬貨が落ちる音が、受話器越しに聞こえた。どうやら、ルミは公衆電話から掛けてきているらしい。そう言えば、聞こえてくる声も遠いような気がする。
 嫌な予感がしたときの僕は、胸の鼓動が早くなる。そして、大抵の場合、その予感は的中する。
「わたし、昨日、あの家から引っ越したの。今、お母さんの実家」
「なんで? 急じゃない?」
「急でもないの。なかなか言い出せなかっただけ。色々あって、お父さんとお母さんの仲が悪くなってしまって……離婚したんだ。だから……」
 ルミは、それ以上何も話すことが出来ず、僕もかけるべき言葉を失い続けた。ルミの右手に強く握り締められた緑色の受話器が震えていることが、遠く離れた僕の持つ黒い受話器にはっきりと伝わってくる。
「宮田君……急にごめんね。ありがとう。また、電話するね」
「うん」

© Chie Mitsunaga(光永 知恵)

……続く

Sitting on the Fence #1
Sitting on the Fence #2
Sitting on the Fence #3





 
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