2013年12月2日月曜日


黒崎の近く、藤田二丁目に「上海堂」という看板のお店があって前から気になっていたが、Uターンするにも面倒だし、天神町の母のところへ行く時にはスルーしていた。この日はちょっと時間があったので、寄ってみることにして、シロヤの角から入ったところの駐車場に駐めて、上海堂に行ってみた。書道具のお店で、楽しかったのだが、せっかく来たのだから、その近所を散歩してみよう。

すぐ近くに見つけたのがこの春日神社。小高いところに鎮座していてなかなか立派な神社だ。入り口の由来書を読むと歴史があるらしい。なにしろ神武東征のころから話が始まる。北九州は神功皇后に縁のある故事来歴は多いのだが、神武東征とはそのずっと前の話だ。主神に「武甕槌命(たけみかづちのみこと)」のお名前がある。

更に時代が下って、黒田長政公が中津から筑前に入るときにも縁があるらしく、黒崎宿・藤田の鎮守神として栄えたという。

>絹本(けんぽん)著色(ちゃくしょく)黒田二十四騎画像
藩祖黒田長政を合わせまつる春日神社に、江戸末期福岡藩は、長政の重臣24人の肖像を、抱え絵師の尾形洞霄(どうしょう)(狩野派)にかかせ奉納しました。縦150.1㎝、幅37㎝の掛け軸に一幅づつ描かれています。 なお、この画像は同社の春季大祭(4月20日頃)の時、一般に公開されます。

>波多野文書
豊山八幡神社、春日神社の宮司・波多野家に伝存する中世末から近代にかけての古文書。これによると、春日神社は麻生氏の氏神社として崇敬され、麻生氏は戦国時代、特に中国の毛利氏と密接な関係があったことがわかります。 さらに、麻生氏は北九州の有力国人であった宗像氏と連合あるいは敵対関係にあったことなどがわかる貴重な資料となっています。

江戸時代を通じて「黒田大明神」を称したという興味深い神社なのだ。



© Junichi Nochi(野知潤一)

 
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