文: 木本 和久
写真:光永 知恵
中学1年の夏休み、僕は、親によって進学塾に放り込まれた。父親の知り合いが始めたばかりの塾で、親同士の付き合いに僕も付き合わされたようなものだ。
「ねえ、終わったら家に遊びに来ない?」
同じ夏期講習に通っていた同級生のルミが、声をかけてきた。彼女は、学年一の優等生であり、僕ら悪ガキ連中イチオシのかわいい女の子だった。もちろん、僕は即答でYESの返事をした。
彼女の自宅は、僕らの住む町では数少ない一軒家だ。玄関を入ってすぐのカビくさい応接間に通された。2DKのアパートに住んでいた僕は、座り慣れていない革張りのソファーに座って、出された麦茶を飲んだ。
「これ、どう思う?」
ルミは、1枚のレコードをセットし、針を落とす。まとわりつくような声の外国人が歌うはじめて聴くタイプの音楽だった。1曲目が終わったところで、僕のほうを振り向いた。
「どう?」
正直なところ、曲の良し悪しもルミが僕を呼んでまで聴かせた意図も、さっぱり分からなかった。ただ、かっこ悪いところを見せるわけにはいかない。
「うん、かっこよか。外国っちゅう雰囲気をばりばり感じる」
「そう思う?よかったあ。これ、ローリング・ストーンズっちゅうイギリスのグループなの。最先端の音楽よ。ロックン・ロールっちゅう音楽なんよ。」
「なんか聞いたことある。ローリング・ストーンズのロックン・ロールっちゅうのが流行っとるっち聞いたことある。」
もちろん、口からでまかせだった。ロックン・ロールと言えば、 “横浜銀蝿”というテレビの歌番組によく出ていた4人組がやっている音楽のことで、学校のほうきをギターに見立てて、「ツッパリ ハイスクール ロックン・ロール 登校編」や「お前サラサラサーファーガール おいらテカテカロックンローラー」を歌うぐらいの知識しかなかった。
「宮田くんなら分かってくれるっち思ったんよ。持って帰って聴いてもいいよ」
ルミは頬を上気させて、ローリング・ストーンズの素晴らしさをひとしきり喋り続けて、そう言った。
「いや、弟がレコードを傷つけたらいかんけ、持って帰れん」
嘘だった。我が家は、小さなラジカセ止まりでレコード・プレイヤーがなかったのだ。
「じゃあ、好きなときに聴きに来て。ローリング・ストーンズが好きそうな人、連れてきてもいいよ」
「うん、そうする。」
ローリング・ストーンズなんて、どうでもよかった。ただ、もしかしたら、ローリング・ストーンズのことを好きになれば、ルミと付き合えるかもしれないという中学生くらいの男にありがちな短絡的な期待に胸が高鳴った。
帰宅してすぐにレコード・プレイヤーを買ってくれと母親にせがんだ。
「二学期の中間試験でクラス5番以内に入ったらね」
母親は、当時の僕にとって無理難題に近い交換条件を提示してきた。僕は、それを了解した。
この時期の男は、不純な動機であればあるほど、驚くべき集中力を発揮させる。
僕は5番ジャストの順位を手中にし、ポータブルのレコード・プレイヤーとルミの家で聴いたローリング・ストーンズのレコード“刺青の男”を手に入れた。
また、その頃、ルミの家には、僕のほかに、サッカーの上手い矢部という男と、ルミの親友だったヨシコの4人が集まるようになっていた。『ロックン・ロール会』と名づけられたその集まりで、僕らは、毎週末、少ないレコードとエアチェックしたカセットテープを持ち寄っては、ロックン・ロールを聴き続けた。
© Chie Mitsunaga(光永 知恵) |
……続く
Sitting on the Fence #1