2016年3月23日水曜日

ことの始まりは三毛猫だった。

 春、夕刻、俺は近所の路地の写真撮影に出かけた。
ソニーα7rにプラナー50mmをつけ、友人に譲り受けたフィルムカメラ・リコーGR 21にモノクロームのトライxを詰めて、ストラップを首にかけた。50mmのボケ、21mmの広がりで過剰にパースをつけたりなどして撮るのだ。


10分ほど歩くと、路地の内側から車や人をこわごわ眺める猫がいた。三毛だ。

猫は鈴をつけている割には臆病で3mほどの間合いを保とうとする。こいつ見たことがある。以前、別の通りで35mmで撮って、ザラザラっぽく焼いたんだ。そうだった。顔は不細工だが、三毛の色の配置がバランスいい。

猫との距離がいっこうに縮まらないので、21mm だと猫が点景になってしまう。仕方なく50mmで撮り続ける。路地の向こうをモノレールがゆるやかに通るのが見えた。時間を稼げばじきに距離も詰められるだろう。近づけるようになったら、21mmで猫に接近してやる。20センチほど手前で、猫と、夕方と、路地。下から見上げても面白い。どんな絵になるか。くふふ。



 俺はGR21powerスイッチを触れたがONにならないことに気づいた。バッテリーサインが電池切れを示している。こういうことも想定して、俺はリチウム乾電池CR2の予備を持っていた。俺は自分の準備の良さに救われたことにニンマリし、GR21から古い電池を抜き取り、新しいものを入れようとしたその刹那、新しい方の電池が手から滑り落ちて、路上に落ちて、コロコロと側溝の蓋の上を転がった。
「これで側溝の穴に落ちたら、ホールインワンだ」
スローモーションのように転がる電池を見ていたら、あろうことかその側溝の穴にコロリと落ちてしまった。

驚くよりあきれた俺は、気を取り直して側溝の穴を覗いた。さいわい側溝の中は土や塵が積もっていて、手を入れたら積もった土に手が触れるほど底が上がっていた。電池も見えた。

迷いなく俺は穴から手を突っ込み電池を取ろうとしたが、いかんせん穴が小さい。俺は二、三度試みて諦め、周りを見回して小学生でも来たら、頼んでとってもらおうとしたが来なかった。とはいえ、子供にそんなことをさせて手が抜けなくなったらそれこそ大事だ。消防隊員が来て大泣きする子供を救助した上に、俺はパトカーの中で事情聴取だ。
前の家の引き戸の玄関の向こうで室内犬が俺の気配に気づいてかキャンキャン鳴いた。家の主は年寄りだろう。不審がられてもことだ。といえ、電池はもったいない。CR2は安くはないのだ。ちきしょう、割り箸さえあれば、ないしはガムテープでもあったなら粘着面でくっつけて取り出せるはずだ。周りを探したが代用できるものはなかった。

自宅まで戻って割り箸を取ってくることも考えた。そうすれば電池は戻るが、撮る気が萎えてしまうだろう。顔を上げると、穴の前にしゃがんで独り言を言う俺を、通りのアパートの2階からピンクのTシャツを着て髪の長いヤンキー女が洗濯ものをしまいながらいぶかしげにみている。

今日はCR2を諦めて、α7rで撮影することにした。


© Kotaro Fujioka(藤岡 耕太郎)写真/藤岡耕太郎 文/Vichos.K.玉川
 
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